ソーラーカーの技術

オーストラリア大陸縦断3,000kmソーラーカーラリーの歴史

デンマーク生まれのオーストラリアの冒険家であるハンス・ソルストラップ(Hans Tholstrup)氏は、1982年に世界初のソーラーカーであるBPクワイエット・アチーバー号で、パースからシドニーまでの4,056kmを23km/hの平均速度で走破しました。これをきっかけとして、ハンスはワールド・ソーラー・チャレンジ(World Solar Callenge: WSC)を企画し、その運営に携わることになりました。

第1期(全長6m×全幅2m、太陽電池8m²)1987年〜
1987年、オーストラリア大陸のダーウィン-アデレード間3,000kmを走破する第1回WSCが開催されました。このWSC大会で優勝したのはGMのSunraycer。この優勝をきっかけに、Sunraycerの電気系エンジニアはGMはEV1という電気自動車の開発・生産に乗り出しました。そして、カリフォルニア州の大気汚染防止を目的としたZEV(Zero Emisson Vehicle)としてリース販売に乗り出しました。しかし、GMはこのEV1のリース継続を断念し、環境車開発の前線から撤退してしまった。この開発を継続していれば、今日のような破綻を招かずに済んだのかもしれません。

1990年、第2回大会が開催され、このときはスイスのBiel工科大学が開発したSpirit of Bielが、ホンダのドリームよりも先行して優勝しました。このときの配線経験を糧として、ホンダはさらに深い決意でソーラーカー開発に臨み、1993年大会と1996年大会で2連覇を達成しました。


1993 WSCに出場したTokai 51SR

1999年、地元オーストラリアのオーロラが優勝。これを契機に、ゴキブリ型からフラット型へとボディ形状が変化し始めました。

第2期(全長5m×全幅1.8m、太陽電池8m²)2001年〜
このころ、国際ソーラーカー連盟が新世代企画としてISF5000を制定しました。これは、ボディサイズを市販乗用車なみに縮小することで、空輸可能なサイズとし、より一層のソーラーカーの普及を目指したものでした。しかしながら、最大9m2の上方投影面積に8m²の太陽電池をを設置するため、さらにフラット型の登場を加速することとなりました。


2001 WSCに出場したTokai Spirit

第3期(全長5m×全幅1.8m、太陽電池6m²座った乗車姿勢)2007年〜
2005 WSCで、オランダのデルフト工科大学のメンバーを中心としたNuonのソーラーカーNuna3が100km/hを越える平均速度記録を樹立して優勝し、その後の開発によってスチュアートハイウェイの速度制限を超えることが予想されたため、2007 WSCでは、太陽電池面積を8m²から6m²へ削減。それまで寝そべっいることが許されていましたが、シートアングルを立てることで座った乗車姿勢にしすることなどを新たに盛り込んだChallengeクラスを新設。以後、このチャレンジクラスを主流とする方針を打ち立てました。


2009 WSCで優勝したTokai Challenger

2009年、より実用化が近いとされる電気自動車、燃料電池車などのエコカーを含めて拡大したグローバル・グリーン・チャレンジ(Global Green Challenge: GGC)が開催されることとなり、従来のWSCはGGCのソーラーカー部門として位置づけられることになりました。2009年からは溝の深さが1.5mm以上で、DO NOT HIGHWAY USEと書かれていないタイヤの使用が義務づけられるなどの安全対策が追加されました。GGCのソーラーカー部門であるWSCには16の国と地域から38チームがエントリーし、13カ国から32チームが出走しました。

第3.5期(全長5m×全幅1.8m、シリコン太陽電池6m²、座った乗車姿勢)2011年〜
2009 WSCでTokai Challengerが、100.54km/h以上の平均速度を樹立して優勝した際に、南オーストラリア州政府が定める高速道路の最高速度110km/hに達してしまいました。また、高価な太陽電池の使用を抑えることを目的として、化合物太陽電池の面積が3m²までと、一気に半減されました。このレギュレーション改定により、シリコン太陽電池6m²を搭載することが標準的な選択となりました。また、タイヤの安全規制も強化され、1.5mm以上の溝を持たせることが例外なく必須となりました。リチウムイオン電池の搭載量も25kgから21kgに削減されるなど、性能を高めるためにはより厳しいハードルが設けられました。大会の名称もWorld Solar Challengeに戻されました。22の国と地域から44チームがエントリーし、20の国と地域から37チームが出走しました。2011年型Tokai Challengerは優勝したシリコン太陽電池搭載ソーラーカーで歴代トップであり、化合物太陽電池並みの91.54km/hの記録を樹立して二連覇を達成しました。


2011 WSCで優勝したTokai Challenger

第4期(4輪+コックピット大型化、全長4.5m×全幅1.8m、シリコン太陽電池6m²、座った乗車姿勢)2013年〜
ドイツのBoCruiserやWorldSolar GTやオーストラリアのAurora Solarisなどの4輪ソーラーカー登場の影響などから、3輪以上であった車輪数は2013年WSC大会から4輪が義務づけられ、5m以下だった全長が4.5m以下に短縮されました。また、前方180度の範囲で4m離れた点で上下にそれぞれ0.7mの広い視界を確保するとともに、大きなコックピットの装着も義務づけられました。これにより、ソーラーカーの形状は大きく変化することとなりました。


2013 BWSCに出場したTokai Challenger

第5期(4輪+コックピット大型化 、全長5m×全幅2.2m、シリコン太陽電池4m²、多接合化合物太陽電池2.64m²)2017年〜
1987年の第一回WSCから30年が経過し、大会は一気にシリコン太陽電池面積を2/3の4m²に削減し、実質的に当初の半分(場合によっては半分以下)になりました。そのため、太陽電池出力の低下も同程度となります。太陽電池面積が減った分は。ボディサイズが縮小され、その結果、空気抵抗の低減や軽量化は多少は行えるものの、走行速度の低下はやむを得ない状況となりました。しかしながら、東海大学では空気抵抗の低減を進めることで、なんとか走行性能を低下させないように開発を進めました。また、多接合化合物太陽電池は従来はシリコンの半分の面積しか搭載することができませんでしたが、2017年からはシリコンの2/3の面積となる2.64m²の面積まで搭載できるようになり、従来比で33%の出力を得やすい環境となりました。その結果、Nuon Solar Team、ミシガン大学、Punch Powertrainは多接合化合物太陽電池を搭載した超小型ソーラーカーを開発してきました。また、第4期ではボディ形状はカタマラン型(双胴型)に集約されましたが、第5期ではモノハル型(単胴型)を採用するチームも登場し、太陽電池とボディ形状の組み合わせパターンが多様化しました。まさに異種格闘技ともいえる状況になり、何が起こるかわからない面白い大会になりそうです。


2017 BWSCに出場するTokai Challenger

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